|
橋田幸子(はしだ・ゆきこ):戦場ジャーナリスト
故・橋田信介の妻
私はいつも私の目の前に、次々に出てくる私のやるべきことを
自分なりに一生懸命やってきました。
これからも、そうするでしょう。生きている実感を求めて!
かつて、ミャンマー人の親友が言いました。
僕が最初に覚えた日本語は「早くしなさい!」という言葉でした、と。
ミャンマーの彼の家の隣に、日本人家族が住んでいました。
その家のお母さんは、朝から晩まで、毎日毎日、
「早くしなさい!早くしなさい!」と言って子供をせきたてていたのだそうです。
その話しを聞いて、私に子どもができたら、
ぜったいに「早くしなさい!」と言うのはやめよう!と、決心しました。
だって、自分の都合を一番優先させる言葉ですものね。 |